ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「実力も運のうち 能力主義は正義か?」という本を読みました。
「運も実力のうち」ではなく「実力も運のうち」です。
大変に興味深い内容だったのでご紹介します。
(読んだのは1年半ほど前なので、記憶をたどりながら書いています)
マイケル・サンデル教授は、NHKの「白熱教室」にも出演されていたのでご存知の方も多いと思います。
アメリカの、いわゆるエリート層や成功者と呼ばれる人たちは、
「自分たちが成功したのは、不断の努力の成果であり、自分の能力の高さゆえである。」
という意識を強く持っています。そしてそれは
「成功していない人たちは、ひとえに努力や能力が足りないのだ。
(だから、どんな不遇な状況にあったとしても、それは彼らの自己責任でしかないのだ。)」
という意識にも繋がってしまっています。
しかし、成功者たちが成功したのは、本当に彼らの努力の結果だけなのだろうか、
成功していない人たちは、本当に努力が足りないといえるのだろうか、
そのように断言することはできないのではないか、
という内容です。
色々な統計によってきちんと分析してみると、
実は、成功者が成功している要因は、彼らの努力によるものというより、
生まれ育った環境が、たまたま幸運に恵まれていたことにある、
ということが明らかになったという内容です。
つまり、成功するかどうかは、実力ではなく運が大事だ、というわけです。
しかし、注意しないといけないのは、
「運が大事だから、頑張らなくてもよい」
とか
「今自分が苦しい状況にあるのは運が悪いからだ」
というようなことではないということです。
ましてや
「全ては自己責任なのだ」と、社会的弱者を切り捨てるような考えを持ってはいけない、と主張されています。
「自己責任論」は日本人の中でもたびたび主張する人が出てくるのですが、それは誤った考え方であり、
成功者は、自分の成功が自分の実力や努力だけに由来するのではなく、
今まで頑張れてきたのは、まわりの人たちがそういう環境を自分に与えてくれたおかげだと認識し、
頑張りたくても頑張れる環境になかった人たちが存在することを強く意識し、感謝し、彼らを支えるべきである
ということなのです。
この本を読んで、真っ先に浮かんだのは、平成31年の東京大学の入学式における上野千鶴子さんの祝辞の一節です。
当時、やや主張の強い内容が含まれており、そこばかり取り上げられて話題にもなった祝辞ですが、氏がもっとも言いたかったのは次の一節だと思います。
「・・・あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。・・・」
(全文はこちら↓から読めます)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html
マイケル・サンデル教授の主張と同じことを、この本の出版される数年前にすでに仰っていたのですね。
受験競争の中で、優秀な子供たちは、ともすれば、
「頑張った自分は偉い、そうでない人たちは劣っている」
というような、歪んだ選民思想を(本人は意識せず無意識的に)持つことにもつながりかねません。
そうならないように、わたしたち教育に関わる大人がどのように生徒たち、子どもたちに関わっていくのか、という視点で読むこともでき、考えさせられる内容です。
東セミが掲げる「躾」にもつながる話なのだと思いますし、高校部(東進)の「ノブレス・オブリージュ」にもつながる考え方だと思わされます。
まずは、自分が勉強を頑張れる環境にあることに感謝し、ご両親が自分を支えてくれていることに感謝し、
塾に通わせてくれていることに感謝し、ご両親以外の大人たちも自分を支えてくれている事に感謝し、
立派なおとなになったら、その力を社会の弱い立場の人たちにも還元していきたいと思ってくれるような、
そういう意識を生徒さんたちみんなに持ってほしいなと思います。
もし興味がございましたら、読んでみてください。
「実力も運のうち 能力主義は正義か?」 早川書房 マイケル・サンデル著